はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と三十四
「エン エ~ント エンエント」
酔いのせいということもあるのだろうけれど、選挙ってナンだ、投票ってナンなんだ、などと、アレコレ考えたりしているうちに、おもわず自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。気が付けばAくん、目の前から消えていたのである。
トイレか。
テーブルの上も、なんとなく片付けられている。
するとAくん、お盆にナニやらイロイロと載せて舞い戻ってくる。
わっ、サクランボ。
んっ、焼酎か~。
氷やら水やらロックグラスやらも加わって、お盆の上はギューギューである。
少し苦手な焼酎ではあるけれど、ナニやら興味をそそる芋焼酎ではある。
シャープな直線とグラデーションとのコラボレーションが美しい薩摩切子(だと思う)に、その芋焼酎をトクトクッと注ぎ入れながら、Aくん、小学生の頃に周囲で巻き起こっていたという、ちょっとしたマニアックなコレクションブームについて、ユルリと語り始めたのである。
「最初は、スタンプ!」
スタンプ?
「切手のことね」
あ~、切手。
「そして、少し遅れて、コイン!」
コイン?
「硬貨。金属製の貨幣、通貨」
あ~、硬貨。
「それぞれの国の、それぞれのカラフルなスタンプにバラエティに富んだコイン。当時、そうしたスタンプやコインを扱うホビーショップが、結構、都会のそこかしこにあったりしたんだよね。しかも、いつ行ってもナゼか妙に賑わっていた」
ホビーショップ?
「ガラスケースの中に、トコロ狭しと並べられているわけよ」
ガラスケース、か~。
「イメージとしては、安売りチケットショップ、の、売り場面積を、もう少し広げたような、そんな感じかな」
ホビーショップ。なんとなくながら、イメージはできる。
「とくに、世界中のコインに興味があったのだけれど、その形や材質やデザインもさることながら、それ以上に不思議に思っていたのが、通貨単位」
「通貨単位って、ドルとかユーロとかのコトですよね」
「そうそう。当時はユーロなんてなかったから、手に入りやすいモノでもバラエティに富んでいて、とにかく、とにかく興味深くてさ」
「通貨単位のドコに、とくに興味をもたれていたのですか」
「通貨から、その国の歴史も、置かれている立ち位置も、国力も、その他モロモロも、見えてくるような気がしたんだよな~」
「こ、国力も、ですか」
「円に換算したりすると、『その国、大丈夫なんだろうか』などと、子どもながらに心配したりしてさ」
「為替レート、ってヤツですね」
「なんか、発展途上国がイジメられているように思えてならなかった」
「イジメられているように、ですか」
「いわゆる先進国が、現地の安い労働力をいいように利用して、みたいな、そんな感じだ」
きっと、小難しい小学生だったのだろうな、などと思ったりしつつ、それに関わる自分なりの思いを自分なりに、思い切って語ってみようと試みる。
「この星には、富める国と、そうではない国とがあるわけですよね。安い労働力で、と思う国と、どうにかしてでも外貨を稼ぎたい、と思う国と。もうソレだけでも充分に難しさがウズウズとし始めてきそうなのに、国と国との良好なバランスを築くことなんて、トンでもないほど、マジでタイヘンなコトのように思えます。どの国も鎖国でもしていて完全に自立しているのなら、為替レートなんて関係ないのでしょうけれど、そんなことは、あり得ないし、・・・考えれば考えるほど、やっぱり、難しい、難しすぎます」
「いい悪いは別にして、関係性の中で成り立っているわけだからな~。で、我が国の『円』もまた、御多分に漏れずモロに影響を受けまくって窮地に立つ、みたいなコトになりつつあるわけだ」
ん~、円、窮地に立つ、か~。
もう、難しすぎて、ナニがナニやらって感じだけれど、残念ながら「円」の場合は、先を見通さずに、その場しのぎの政策に明け暮れてきたそのツケが、ココにきてドッと、ということなのだろうな、きっと。
心の中で、ではあるけれど、ココで渾身の、一句。
エンエンと
泣く、円、エ~ンと
エンエンと
(つづく)