ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.889

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と百と二十

マントラ!」

 つい先日、あまりに爽やかな休日であったものだから、近くをプラプラと歩いてみる。そのことを、なぜか突然思い出す。

 その日の午前中、あてもなく小一時間ほど歩く。すると、なにやら不思議な風情が漂う細い坂道に遭遇する。緑が生い茂り、人の気配もない。吸い寄せられるようにその道を奥へ奥へと、上へ上へと、歩き進む。しばらく歩くと、その上の方から女性が一人、下りてくる。勇気を出して「この道はナンの道ですか」と尋ねてみる。すると、「あ~、旧参道です。江戸時代に造られた敷石道らしいですよ」、と、すこぶる丁寧に、優しく答えてくれる。私の悪い癖で、優しくされると、所かまわず、相手かまわず、惚れてしまいがちなのだ、が、残念ながら、というか、幸い、というか、私が「ありがとうございます」と返したその時には、既に、その女性の小さな背中しか見えなくなっていたのである。ようするに、私の超極小の淡い恋心は、儚(ハカナ)くも秒速でその終焉を迎えたわけだ。

 そんなバカなことをコッソリと思ったりしながら、いつもとは違うその参道をユルリユルリと更に歩いていくと、ようやく、いつもの寺に辿り着く。もちろん、私の守護仏、不動明王も、いつものようにニッコリと(ではないけれど)待ってくれていた。そしていつものように、ついつい乱れがちな私の心を鎮めるように、手を合わせる。

 不動明王さま、この胸の内の迷いも、目の前に立ちはだかる壁も、是非、そなたの神通力で、コナゴナに。そして、もし、私の細やかなる願いにも耳を傾けて頂けるのなら、宜しくお願い致します。みたいな、そんな感じで、真言(シンゴン)、マントラ、を、唱え、念じさせてもらう。

 ノ~マクサンマンダ~バ~ザラ~ダンセンダ~

 ・・・

 とはいえ、私都合のお願いなんてものに耳を傾けてくれるほど世の中も不動明王の世界も甘くないだろう、と、思ってはいる。思ってはいるが、ナニも言わず、ナニもせず、不動明王のその前を通り過ぎるというのも、少し寂しい気がする。

 そもそも、神さまやら仏さまやらと一般ピーポーとの関係などというものは、そんなものだろう、という思いが、私の中にはある。つまり、それほど仰々しくも堅苦しくもなく畏(カシコ)まってもいない、普段の生活の中にスッと溶け込んだ、ごく普通の、ありふれた営みの一つ、的な、そんな感じなのである。言うまでもなく、少なくとも私は、その、そんな感じ、が、好きなのである。

 ・・・

 マ~カロシャ~ダ~ソワタヤ

 ウンタラタ~カンマン~

 不動明王さま、ご迷惑はお掛けしません。微力ながらも自力で、どうにかいたします。そのつもりですが、でも、もしよろしければ、私の中の迷いにも、眼前に立ちはだかる壁にも、私の力だけで打ち砕ける程度に、前もって、頃合いのダメージを与えておいてくだされば有り難いのですが。

 さすがに、ちょっと、虫が良すぎるかな。(つづく)