はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と九十一
「マメニ マメアジノナンバンヅケ」①
「あっ!」
Aくんの突然のその声に、口に含んだばかりの淡路島のプチプチが、おもわず一気に飛び出してしまいそうになる。
「な、な、なんなんですか」
「忘れていた~」
「ナニをですか」
「南蛮漬け」
「ナンバンヅケ?」
「アジの、豆アジの、南蛮漬け」
「あ、あ~、南蛮漬け」
「そう、南蛮漬け。コレが旨いんだ、ベラボ~に」
「そうなんですか」
「下処理に完璧を期したからな~」
ソレは、私にもわかる。魚料理は下処理、下拵(ゴシラ)え、が、命。
「もちろん、豆アジの鮮度も申し分なかったわけだけれど。しかし、それにしても、だ、冷蔵庫の奥の方にジワリジワリと追いやっていたとはいえ、なぜ、忘れてしまっていたかな~」
ズンズンと、もう、私の舌は、完全に「豆アジの南蛮漬け」になりつつある。
「摘(ツ)まむ?、食べてみる?、摘まむよね、食べてみるよね」
そう言いつつAくん、私の、「じゃあ、お言葉に甘えて」という言葉を待つ気配など微塵も見せることなく、またまた奥へと姿を消す。
豆アジの南蛮漬け、か~。
考えてみると、それほど魚好きではないピーポーたちにとって、この調理法、ソコにへばり付くマイナス面を悉(コトゴト)く拭(ヌグ)い去ってくれる救世主のようなモノであるように思える。手間隙をかければ、工夫をすれば、たとえ苦手なモノであったとしても旨いモノになるんだ、というその好例、と、言えるかもしれない。いや、きっとそうだ、そうに違いない。
そんなことをアレコレ思ったりしていると、ようやく、Aくん、その、自慢の豆アジの南蛮漬けが入った四角いガラスの皿を、嬉しそうに、大事そうに、両手で持ちながら、舞い戻ってくる。
「美味しそうですね」
「だろ~」
いい香りだ。
一切れ、私の取り皿に移し、どれどれ、と、一口、いただく。(つづく)