ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.860

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と九十一

「マメニ マメアジノナンバンヅケ」①

 「あっ!」

 Aくんの突然のその声に、口に含んだばかりの淡路島のプチプチが、おもわず一気に飛び出してしまいそうになる。

 「な、な、なんなんですか」

 「忘れていた~」

 「ナニをですか」

 「南蛮漬け」

 「ナンバンヅケ?」

 「アジの、豆アジの、南蛮漬け」

 「あ、あ~、南蛮漬け」

 「そう、南蛮漬け。コレが旨いんだ、ベラボ~に」

 「そうなんですか」

 「下処理に完璧を期したからな~」

 ソレは、私にもわかる。魚料理は下処理、下拵(ゴシラ)え、が、命。

 「もちろん、豆アジの鮮度も申し分なかったわけだけれど。しかし、それにしても、だ、冷蔵庫の奥の方にジワリジワリと追いやっていたとはいえ、なぜ、忘れてしまっていたかな~」

 ズンズンと、もう、私の舌は、完全に「豆アジの南蛮漬け」になりつつある。

 「摘(ツ)まむ?、食べてみる?、摘まむよね、食べてみるよね」

 そう言いつつAくん、私の、「じゃあ、お言葉に甘えて」という言葉を待つ気配など微塵も見せることなく、またまた奥へと姿を消す。

 豆アジの南蛮漬け、か~。

 考えてみると、それほど魚好きではないピーポーたちにとって、この調理法、ソコにへばり付くマイナス面を悉(コトゴト)く拭(ヌグ)い去ってくれる救世主のようなモノであるように思える。手間隙をかければ、工夫をすれば、たとえ苦手なモノであったとしても旨いモノになるんだ、というその好例、と、言えるかもしれない。いや、きっとそうだ、そうに違いない。

 そんなことをアレコレ思ったりしていると、ようやく、Aくん、その、自慢の豆アジの南蛮漬けが入った四角いガラスの皿を、嬉しそうに、大事そうに、両手で持ちながら、舞い戻ってくる。

 「美味しそうですね」

 「だろ~」

 いい香りだ。

 一切れ、私の取り皿に移し、どれどれ、と、一口、いただく。(つづく)