はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と百と六
「シノビヨル ブキミナ アシオト」
安定感の代名詞でもあった会社員生活。ましてや、それが、それなりの企業で、しかも、正規雇用で終身雇用とくれば、その安定感は、より一層、安定したものとなる。そして、そうした安定感が、それぞれの生活に、心に、安息をもたらしていたのだ。
だからこそ、たいていの親たちは、我が子に、「そんな夢みたいなことばかり言ってないで」などと宣ったりしつつ、そうした安定の進路を願ってきたのである。もちろん、その気持ち、その親心、わからなくもない。
そういえば、ある先進国では、ほとんどの社会人に心療内科の主治医がいる、と、聞いたことがある。
まさにソコにあるのだろう、この国が、安定感を求めてきた理由は。
不安定がもたらすリスク。
そのリスクを、最大限に削いでいくシステムの構築。ソレこそが、この国が目指してきたものである、と言っても差し支えあるまい。
しかし、しかしだ、どうしたことか、そのシステムが根底から揺らぎつつあるのだ。その揺らぎを臭わすナンやらカンやらを、そこかしこで耳にするようになってきたものだから、私の心は、随分とザワついている。
「おそらく」
ん?
「おそらく、個人よりも企業だということなのだろう」
唐突に乱入してきたAくんが言うところのその「企業」とは、たぶん、いわゆる「大企業」というヤツのことだと思う。
「企業側の肩をもとうなどとはサラサラ思わないが、言い換えれば、それほどまでに厳しくなってきた、ということなのだろうな」
んん?
「今まで、圧倒的に下位である外部に無理強いしてきたコストカットを、いよいよ、それだけでは済まなくなって、社内でも、社員にも、やり出した、ってわけ」
あっ。
「どこかのある大きな自治体が、コストカットのために、まず、公務員は恵まれすぎだ、金喰い虫だ、などと、市民に吹聴した上で、ひたすら非正規雇用を増やしまくっていった、という話を耳にしたことがあります」
「ほ~、まさしくソレの大企業版と言えそうだな。その場凌ぎの稚拙なコストカットで乗り切ろうとすれば、必ず、将来、トンでもないシッペ返しを食らうことになる、というのに」
話を聞けば聞くほど、不気味な足音が忍び寄って来るような気がして、ますますゾワゾワと、背筋が寒くなる。(つづく)