ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.735

はしご酒(Aくんのアトリエ) その百と七十六

「ナラティブ!」①

 ソコに「ナラティブ(narrative )」なナニかがあることが大切なんだ、とAくん。

 ナラティブ、ナラ、ティ、ブ、な、ナニか、とは、ナニ?

 あのOくんならきっと、「オナラ、で、ブ~、と、ちゃいまっせ~」、と、絶対に言うに決まっている、などと、勝手な決め付けをしておいて、バカみたいに込み上げてくる笑いを必死で堪(コラ)えようとする、私。

 「ニタニタして。バカみたいなことでも想像しているんだろ」

 「と、とんでもない!」

 やばいやばい、完全に見透かされている。

 「たとえば、ほら、ソコに、古びた万年筆があるだろ」、と、本棚らしきところのその隅に置かれたアルミ製の角皿を指差す。

 ナンてことない、ごくありふれた万年筆が、人知れず横たわっている。

 おもむろに手を伸ばし、手に取ってみる。

 この、使い古された万年筆が、ナラティブ?

 「どこにでもあるようなセーラーの万年筆なんだけれど、あの高島屋で、母親に買ってもらった、生まれて初めて手にした万年筆なわけよ」

 「まだ使えるのですか」

 「使える使える、満身創痍とはいえ、まだまだ現役」

 「昔のモノって、モノにもよるのでしょうけど、ホントに寿命が長いですよね」

 「そう、その通り。丁寧に使えば、長く使える。で、その横にあるインク瓶。それは残念ながらその時のモノじゃないんだけれど、なぜか、その時買ってくれたインクが、母親イチオシのブルーブラックという色で、それからというもの、ずっとインクはブルーブラックと決めている」

 懐かしそうに振り返るAくんの表情は、とても穏やかである。

 「この万年筆に歴史あり、ですね」

 「そうそう、それだよ、それ」

 「えっ」

 「モノが、単なるモノから、歴史やら物語やらの語り部(ベ)となる」

 なるほど、語り部、か~。おそらく、ナラティブとは、そういうことなのだろう。

 「でもね、いいことばかりじゃない」

 「えっ」

 「たとえば、人を評価なんてしたくないんだけれど、致し方なく、評価しなければならないとき、や、人に期待なんてしたくないんだけれど、致し方なく、期待しなければならないとき、に、そうした、その人に纏(マツ)わる物語によって、惑わされ、誤魔化され、判断を誤ってしまう、なんてことも、あり得るということだ」

 わっ、一気に話がヤヤこしくなってくる。(つづく)