はしご酒(Aくんのアトリエ) その七十三
「バイリンガレ?」
「ほら、あの、やたらと大阪弁の彼」、と、またまたOくんについて語り始める、Aくん。
Oくんがどうしたというのだろう。
「彼、ああ見えて、帰国子女なんだよな」
「えっ!、そうなんですか」
「そう、イタリアはシチリアで、小学校を卒業する頃まで過ごしていたはず」
「マ、マジですか」
数時間前に、若ゴボウの炒め煮と、私のシチリアでの食の思い出とをアテにして、奈良の地酒をチビチビとやりつつ、べラボ~ってイタリア語でおまっか?、などと宣っていたOくんと、シチリア帰りの帰国子女とが、全くもって繋がらない。
「その彼が、梅の花でも愛(メ)でようか、と、以前にはよく行っていた梅林に、久しぶりに出向いたときのその話が、なんとも恐ろしくて」
ナニやら怪しい展開である。
「またまた、妖怪出没、ですか」
「そうじゃない、と、言いたいところだけれど、妖怪の仕業だな、おそらく」
「なんと」
この世の中、つくづく妖怪まみれなのだな、と、あらためて思う。
「その、妖怪が、ナニをしでかしたのですか」
「彼が、十数年ぶりに赴いたその梅林が、トンでもないことに」
「なっていたのですか」
「そう。5000本近くあった梅の木々のほとんどが、枯れてしまっていたらしい」
妖怪が、その梅林の木々にナニやら呪いでもかけた、とでもいうのだろうか。たしかに、ナニやら恐ろしいものを感じる。
「周囲の開発やらナンやらによる環境の変化が原因か、と、考えられているらしいんだけれど、その裏で、あの手この手で人やらナニやらを操っていたのが、その妖怪であるに違いない、と、彼が言うわけよ」
Oくんらしい突飛な推理だが、まんざら的外れとも思えない。今までソコに普通にあったものが、謎のベールに包まれたまま、突然、消えてなくなってしまった、などということは、それほど珍しいことではないように思えるからである。悲しいかな、ダークな妖怪たちが棲みやすい、そんな国であり、そんな時代だということなのかもしれない。
「でもね、それでも地元の有志たちの力で、少しずつながらも一歩一歩、元の姿を取り戻しつつある、らしくて、まだまだ時間はかかりそうやけど、ちょっと安心しましたわ~、って言っていたよ、彼」
そうか~、なるほどいい話だ。
諦めずに、地道にコツコツと頑張っている人たちって、ホントに、ホントに頑張っておられるから。
するとAくん、よせばいいのに、トドメの一発をトドメておけずにカマしてしまう。
「バイリンガルの彼、だけに、バイリンカレ、バイリンガレ、梅林枯れ、なんてね・・・、おアトがよろしいようで」
せっかくいい話だったのに。ダメだ、恐れを知らないAくんの、B級親父ギャグが止まらない。(つづく)