ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.632

はしご酒(Aくんのアトリエ) その七十三

「バイリンガレ?」

 「ほら、あの、やたらと大阪弁の彼」、と、またまたOくんについて語り始める、Aくん。

 Oくんがどうしたというのだろう。

 「彼、ああ見えて、帰国子女なんだよな」

 「えっ!、そうなんですか」

 「そう、イタリアはシチリアで、小学校を卒業する頃まで過ごしていたはず」

 「マ、マジですか」

 数時間前に、若ゴボウの炒め煮と、私のシチリアでの食の思い出とをアテにして、奈良の地酒をチビチビとやりつつ、べラボ~ってイタリア語でおまっか?、などと宣っていたOくんと、シチリア帰りの帰国子女とが、全くもって繋がらない。

 「その彼が、梅の花でも愛(メ)でようか、と、以前にはよく行っていた梅林に、久しぶりに出向いたときのその話が、なんとも恐ろしくて」

 ナニやら怪しい展開である。

 「またまた、妖怪出没、ですか」

 「そうじゃない、と、言いたいところだけれど、妖怪の仕業だな、おそらく」

 「なんと」

 この世の中、つくづく妖怪まみれなのだな、と、あらためて思う。

 「その、妖怪が、ナニをしでかしたのですか」

 「彼が、十数年ぶりに赴いたその梅林が、トンでもないことに」

 「なっていたのですか」

 「そう。5000本近くあった梅の木々のほとんどが、枯れてしまっていたらしい」

 妖怪が、その梅林の木々にナニやら呪いでもかけた、とでもいうのだろうか。たしかに、ナニやら恐ろしいものを感じる。

 「周囲の開発やらナンやらによる環境の変化が原因か、と、考えられているらしいんだけれど、その裏で、あの手この手で人やらナニやらを操っていたのが、その妖怪であるに違いない、と、彼が言うわけよ」

 Oくんらしい突飛な推理だが、まんざら的外れとも思えない。今までソコに普通にあったものが、謎のベールに包まれたまま、突然、消えてなくなってしまった、などということは、それほど珍しいことではないように思えるからである。悲しいかな、ダークな妖怪たちが棲みやすい、そんな国であり、そんな時代だということなのかもしれない。

 「でもね、それでも地元の有志たちの力で、少しずつながらも一歩一歩、元の姿を取り戻しつつある、らしくて、まだまだ時間はかかりそうやけど、ちょっと安心しましたわ~、って言っていたよ、彼」

 そうか~、なるほどいい話だ。

 諦めずに、地道にコツコツと頑張っている人たちって、ホントに、ホントに頑張っておられるから。

 するとAくん、よせばいいのに、トドメの一発をトドメておけずにカマしてしまう。

 「バイリンガルの彼、だけに、バイリンカレ、バイリンガレ、梅林枯れ、なんてね・・・、おアトがよろしいようで」

 せっかくいい話だったのに。ダメだ、恐れを知らないAくんの、B級親父ギャグが止まらない。(つづく)