はしご酒(Aくんのアトリエ) そのニ十九
「ヒトトシテ アマリニヒドクハナイデスカ」②
するとAくん、「あっ、忘れていた」、と。
「ど、どうしたんですか」
「いぶりがっこ?」
いぶりがっこ、いぶり、の、がっこう?
初めて耳にする。
アニメーション制作の、スタジオかナニかの関連施設か、と、一瞬思いはしたものの、ソレはないだろう、と、そそくさと、胸の内にしまい込む。
「もちろん、貰い物なんだけどね。旨いんだよ、これが」、と言いながら、奥へと姿を消す。
食べ物か~。そう思ったその尻から、どんな食べ物なんだろうという期待が、無節操にプクリと膨らむ。
しばらくして、嬉しそうに小皿を片手に戻ってきたAくんの、その小皿にチョコンと鎮座する「いぶりがっこ」なるものは、あの「たくあん」が、寒風吹き荒(スサ)ぶ山あり谷ありの人生の中で、徐々に、酸いも甘いも噛み分けながら、己の身体に、深いシワと香りと色みとを刻み込んでいったかのような、そんな燻(イブ)し銀感満載の、長老の風格を醸し出していたのである。
「これ、これ。ま、一つ、摘(ツ)まんでみてよ」
香りがいい。
燻したような、スモーキーなその香りに、心が踊る。
歯応えもいい。
たくあんを、より筋肉質にしたような、そんなマッチョな弾力に、更に一層、心が踊りまくる。
スッカリ、いぶりがっこの虜になってしまいはしたけれど、でも、なぜAくんは、突然、この、いぶりがっこのことを思い出したのだろう。
単なるタマタマなのか、それとも、・・・。そのことが、なんだか妙に気になってくる。(つづく)