はしご酒(Aくんのアトリエ) その十六
「ネムレヌヨル」
悔しいけれど、なぜか、突然、眠れなくなってしまった。こんな僕でも、不覚にも、そのとき、眠れなかったのだ、とAくん。
きっと、学校の先生になりたてのころ、なにかと苦労が絶えない日々の中で、若さゆえに、どうして良いのかもわからないまま、眠れなくなってしまったのだろう、などと、勝手に推測してみる。
「それが、それこそが、若いってことなんだと思いますよ」、と、わかったような、わかってないような、とりあえずのしたり顔で、私。
「若いときの話なんかじゃない。ある程度、先生として、それなりに自分なりの力を発揮することができるようになってきたかな、と、思えてきたときの話なんだ。そんな、ときに、突然、ワケのわからない嵐のように、トンでもない不眠地獄に襲われてしまった、というわけ。そんな、こと、微塵も、想像すらしていなかった」、と、そのときを振り返るAくん。
「ふ、不眠地獄、ですか」、と、驚きを隠せない私。
「そのときは、心底、そう感じた。トンでもない不眠地獄だと」
Aくんと、単なる不眠ではないトンでもない不眠地獄なるものとが、どうしても繋がらない。
「人間なんてものは、所詮、その程度のものだということだ。そう簡単には処理しきれないような、そんな得体の知れないナニかに遭遇してしまうと、自分の中の弱さがドボッと噴出してしまう。そして、目の前に、ある日突然、不眠地獄は、パックリと、その口を開くのだ」、と語るAくんの、その、達観とも諦めとも違う表情の、奥の奥、を、アレコレと考えてみたりしているうちに、だんだんとボンヤリとしてしまい、ま、いいか~、と、終止符を打つ。
ねむ~れな~い~夜と~
雨の日~には~
忘れかっけってった~
愛がよみがえる~
なぜだか、まさに忘れかけていた、あの、オフコースの♪眠れぬ夜、が、私の耳の、奥の奥、から聴こえてくる。
そんな具合に愛がよみがえってくる、みたいな、甘酸っぱい不眠天国ならいいのだけれど、残念ながら、おいそれとは、そうは問屋が卸してくれそうに、ない。(つづく)