ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.310

はしご酒(4軒目) その六十一

「アイシュウ ノ シンプル イズ ベスト」

 高齢のため、惜しまれつつ、その幕を下ろされた、昔、よく通った場末の小さなカウンターだけの居酒屋。そこのソレが、出汁が抜群に効いていて、ホントに旨かった、と、いまにもヨダレでもこぼしそうな勢いで語るAくんの、ソレが、気になる。

 「で、そのソレって、ナンなのですか?」、と、おもわず尋ねてみる。

 「あ~、あれ、あれ、豆腐を揚げたヤツに、出汁をかけて、ほら、ほら、ほら」と、いわゆる老化特有の「ド忘れ」に突入してしまったかのようなAくんに、すぐさま救いの手を差し伸べる。

 「揚げ出し豆腐ですね」

 「そう、そう、それ、それ、それ」

 その店の揚げ出し豆腐が、あまりにも旨かったものだから、その後、ほとんど、揚げ出し豆腐を口にすることがなくなった、という。 

 「そんなに美味しかったんですか」

 「フワッとしていながらも凝縮感のある豆腐、香り高い揚げ油、ほんのり甘味のある薄い衣、そして、そうした豆腐や油なとの香りさえも包み込み、次のステージにまでもっていくほどの芳醇な出汁、絶妙な塩加減、その全てがオールいい塩梅、だったんだよな~」、と、完全にヨダレが垂れてしまっているのではないかと、おもわず、その口元に目をやるほどの、Aくんの熱い語りなのである。

 「シンプルなモノって、ごまかしが効かない、というトコロ、たしかにありますよね」

 「そう、その通り。そのシンプルさも、冷奴ほどではない、頃合いのシンプルさ、というそのトコロこそが、また、良かったりするわけだ」

 そうなのだ、Aくんが語る哀愁の揚げ出し豆腐に限らず、多かれ少なかれ、たいていのモノは、ごまかしの効かないシンプルなモノこそ、が、気持ちがいいと、ベストであると、ほとんど躊躇なく思えてしまう。

 そう思えてしまうほど、この世の中は、ゴチャゴチャと複雑怪奇な様相を呈しつつある、ということなのかもしれない。(つづく)