ガッコ ノ センセ ノ オトモダチ vol.278

はしご酒(4軒目) その二十九

「ガッコ ハ シャカイ ノ シュクズ」④

 こんな社会だから、学校に対して、先生に対して、期待が大きいのかもしれない。その大きさゆえの、怒りであり、失望であるのではないだろうか、とAくん。

 期待するからこそ腹も立つ、期待してきたからこそ、もう期待などしてやるもんか!、ということなのだろうか。

 仮にもし、そうなのだとしたら、なにかが、どこかが、少し違うような気がする。

 おそらく、そこに「子ども」たちがいるからだと思う。未来を担う大切な子どもたちがそこにいる、ということが、コトはそんな単純なものでも簡単なものではない、ということを、我々に訴えかけているような、そんな思いが私の中にはある。それほど子どもたちにとって、本来、学校も先生も、とても大切なものである、はずなのである。

 その大切なものが、そういった怒りや失望によって、よい方向に、などということが、到底あるとは思えず、おそらく、そこに生まれるものは、不信感と、無気力と、そして、疲弊だけ、なのではないか、と思えてならない。

 とにかく、地道にコツコツと頑張っている先生が、頑張れる学校であってほしい、と、これだけは言っておかなくては、という思いだけで、Aくんに、私のその心の内を伝える。

 「たしかに、子どもたちのために地道に頑張っている先生たちは、目立たないけれど、数多くいる。その先生たちが頑張れる学校でなければ、本当にどうしようもない。君が言うように、怒りと失望がもたらすものは、そうした頑張っている先生たちをも、ジリリジリリと疲弊させるだけなのではないか、と僕も思う」、と語るAくんの、その表情のその奥で、数十年の教師生活によって溜まりに溜まった疲れのようなものが、チラリチラリと見え隠れしたような、そんな気が、かすかにした。(つづく)