はしご酒(3軒目) その六
「ウツクシイ!」
「着物、好きなんですね」、と、ちょっとした勇気を振り絞って(というほどではないけれど)声を掛ける。
「お嫌い?」、と、カウンターパンチ気味に質問を返される。
あらためて「お嫌い?」などと言われてしまうと、どう応えていいのかわからなくなるが、「絵は描けないけれど美術館に行くのは好きだし、映画なんて撮れっこないけれど映画館にも時々行かせてもらうし、落語家を目指したことは一度もないけれど落語は結構好きだし、みたいな、そんな感じ、です」と、ダラダラと半ば独り言のように返してみる。
「美しいと思わない?」、とZさん。
「たしかにお似合いです」、と、間違ってもセクハラ扱いされないように(こんなことで「ビビる」自分にガッカリしつつも)気を付けながら(とは言うものの、どう気を付ければいいのかも、よくわからず)今宵のZさんの着物姿に、かなり思い切って触れてみる。
「お世辞でも嬉しいわ、ありがとう。たとえばこの結城紬(ユウキツムギ)、着てみるとよくわかるんだけど、風合いの、しなやかさの、美しさ、とでもいうのかしら」と、謙遜しているようで、満更でもないような、そんな素振りのZさん。さらに、「そうした美しいものを所有する喜び、愛でる喜び、身に纏(マト)う喜び、こそが、着物の醍醐味だと思うの」、と、予想通り、徐々にではあるが、その語り口に熱が帯び始める。
先ほどまで固かった着物談義の花の蕾(ツボミ)が、ほんの少し、緩む。(つづく)